宿題忘れの多い少年
前回までに書いた通り、私は物忘れの多い少年でした。 (今でも変わりませんが・・・)
リンク:「ハンカチを持っていけない」
リンク:「傘もよく忘れました」
しかし、何故か学習の成績は良かったのです。 当時の小学校の通知表は3段階評価でした。 4年生の3学期の時に、 音楽以外は全て成績が「3」ということがありました。 普段は通知表は保護者懇談会の時に親に渡されるのですが、 3学期だけは児童に直接渡されていました。
学校の成績は良かった
「通知表の見せあいをしよう」 と友達に言われて、拒む間もなく成績を見られて、 そして「嫌味な男だ」と言われたことを覚えています。 (良く言われなさそうだったから見せたくなかったのですが) そして、友達にそう言われる理由も、 私の忘れ物の多さに一因がありました。
宿題を忘れたときはとにかく言い訳をしました
私は忘れ物の中でも特に宿題をよく忘れました。 正確にいうとやっていかなかったが正しいです。 そして、先生に叱られないために、ありとあらゆる言い訳をしました。

「やってはあるけど、家に忘れてきたんです」
「少年野球が忙しくて寝てしまいました」
「(怒られる前に)すみません、下校までの休み時間でします」
などなど、宿題をせずにどうすれば怒られないかに 全集中をしていました。 保護者懇談会でも、宿題忘れの話を毎回されて、 怒りながら帰ってくる親から毎回逃げ回っていました。
先生、ひいきしている・・・
クラスメイトは毎回それを見ていたので、 通知表の成績にびっくりしたようでした。 「あんなに宿題を忘れてくる奴がなぜこんな成績を・・・先生ひいきしてる」 と言われても仕方ない状態でした。
こんな感じでしたが、私にも宿題をする転機が訪れました。 それは、小学6年生の時でした。初めて担任が男性になりおました。
「これは宿題忘れたら、手が飛んでくるかもしれないな」
そんなことを思いました。(まだ、体罰が少し残っていた時代です)
小学6年から宿題をするようになった理由
嫌だけどした宿題した方が良いのかなあなんて考えていたときに その先生は、 「The 宿題」 と書かれたプリントを出しました。 衝撃的で今でもプリントの名前覚えています。 よく宿題で出る市販のプリントではなく、 少し頭を使わないと出来ない謎解きみたいな内容のプリントでした。 これが私の過集中を刺激して、 家で宿題をすることが全く苦でなくなりました。 そのため、6年生になってからは宿題を忘れることがほとんどありませんでした。
「The 宿題」が無ければ、私はずっと勉強が嫌いな少年だったと思います。 私も含めて宿題をつまらないと思っている子は多いと思います。 そんな子達のために、何とか勉強に興味を持ってもらおうと 知的好奇心に訴える宿題を出してくださったその先生に今でも感謝でいっぱいです。
執筆者について
執筆者 パンダおっさん 大学の障がい児教育を専攻 障がいのある子ども達の療育に10年以上関わっている。 現在、放課後等デイサービス事業所の代表 自身もADHDの傾向がある(受診していないため診断は受けていませんが) HSS型HSPの診断テストで高得点をマーク


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